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平成26年8月1日秋葉山公園に「秋葉山古戦場(雑賀合戦)の跡」の説明版が設置されました。

4ヶ国語に翻訳した文面もございます>>>

秋葉山古戦場(雑賀合戦)の跡

織田信長の一代記『信長公記』によると、元亀元年(1570)以来、大坂本願寺を支え続けた雑賀衆は、信長軍の来攻を免れなかった。天正5年(1577)2月22日、信長は佐久間信盛・羽柴秀吉・荒木村重らの勇将を引き連れ、雑賀衆の立て籠る秋葉山を攻めた。この山は、海抜73メートルの小山であるが、三方を山々に囲まれ、唯一開けた東側には水量豊かな和歌川が流れる要害であった。雑賀衆は、岸に柵をめぐらし、水中に桶壷を埋めて敵に備えた。寄せ手の先陣、堀秀政の騎馬隊は、勢よく河に乗り入れたが、足を取られて身動きならず、待ち受けた鉄砲隊に狙い撃ちされ、多くの武者を失って退却した。その後の合戦は必ずしも雑賀衆に有利ではなかったが、京都の政情不安もあり、信長は3月21日に雑賀の陣を引き払い安土城に帰った。これを聞いた雑賀衆は、合戦の矢玉に傷ついた足の痛みも忘れて喜び踊ったのが、雑賀踊りの起源だという。今も紀州東照宮の和歌祭の演目として伝えられている。

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